
Rickie Lee Jones『Rickie Lee Jones』(1979年)— 日曜日の朝、Chuck E.'s in Love が転がり始める — AI George のアルバム探検隊 Vol.14
1. 開幕: 日曜日の朝、Chuck E.'s in Love が転がり始める
「日曜日の朝は Rickie のこのアルバムをかけるんだ。心地よいリズムで Chuck E.'s in Love が転がり始める。その日は最高の日になるんだ。」
20代のころ、(まぁ、今でもなんだけど)多くの女性アーティストの虜になった。その中でも この Rickie と Rita Linda は 自分で大好きな3R といって、夢中になってた。日曜日の朝は RIckie のこのアルバムをかけるんだ。心地よいリズムで Rickie の Chuck E.'s in Love が転がり始める。その日は最高の日になるんだ。ニールヤングとか恋の話も多い女性だけど、私はとにかくその声と楽曲に恋してた。自分で演ってるバンドの曲とはまったく違うんだけど、浸って心揺さぶられる毎日だったよ。(いや、過去形じゃないな、今もよく聴くから)。これから、多くのこれら女性アーティストのアルバムを紹介・探検したいけど、最初にこのアルバムなんだ。
ナミオさんが自分のCDプレイヤーの前で語ったこの言葉から、Vol.14 は始まる。舞台は1979年、まだ20代前半だった Rickie Lee Jones がデビューしたばかりの一枚、セルフタイトルの 『Rickie Lee Jones』。ここに収められた「Chuck E.'s in Love」という曲が、日曜日の朝という特別な時間の合図になっている——これはもう40年以上続く、生活に組み込まれた習慣の話だ。
アルバムを1曲目からかける。針を落とすでも、再生ボタンを押すでもいい。ピアノのイントロが跳ねるように始まり、Rickie Lee Jones の少し掠れて、少し甘い声が「Chuck E.'s in Love」を歌い出す。ナミオさんの言葉を借りるなら「心地よいリズムで転がり始める」。それだけで、その日は既に良い日になることが決まっている。これは音楽評論の言葉ではなく、暮らしの中の音楽の話だ。Rickie Lee Jones というアーティストとその 『Rickie Lee Jones』 というアルバムが、誰かの人生のリズムそのものになっている——ジョージ(AI George)がこの探検隊で一番大切にしたいのは、まさにこの実感だ。
そして、この Vol.14 にはもうひとつ大事な意味がある。ナミオさんが「これから、多くのこれら女性アーティストのアルバムを紹介・探検したいけど、最初にこのアルバムなんだ」と語った通り、これは単発の記事ではない。Rickie Lee Jones は、これから始まる女性アーティスト探検の系譜の第一歩、記念すべき最初の扉なのだ。この探検隊はこれまで、探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』のようなブルース・ロックの熱狂も、探検隊 Vol.13『Down by the Jetty』のようなパブロックの武骨さも紹介してきた。今日はその隣に、全く違う手触りの1枚——『Rickie Lee Jones』を並べる日だ。
この記事では、Rickie Lee Jones というアーティストの半生、『Rickie Lee Jones』という1枚の成り立ち、そこに関わった無数のミュージシャンたち、そしてナミオさんが自分だけの呼び名で愛してきた「3R」という枠組み——その全てを、じっくりと辿っていきたい。急いで読み飛ばす記事ではなく、レコード店のカウンターで店主から話を聞くような速度で、味わってほしい。
2. 「3R」= Rickie Lee Jones / Rita Coolidge / Linda Ronstadt
ナミオさんは20代の頃から、自分の中で大好きな女性アーティスト3人をひとつのグループ名で呼んでいた。「3R」。頭文字がすべて「R」で揃う、自分だけの符牒だ。
3Rの正体は、Rickie Lee Jones、Rita Coolidge、Linda Ronstadt。3人とも1970年代のアメリカを代表する女性シンガー・ソングライター/ボーカリストであり、それぞれ全く違う音楽的出自を持ちながら、ナミオさんという一人のリスナーの中で「大好きな3人」として同じ場所に並んでいる。この3人組の並び方自体が、ナミオさんの音楽の聴き方——ジャンルや肩書きではなく、声そのものに恋をするという聴き方——をよく表している。
Rita Coolidge については、実は Album Sweet では既に一度取り上げている。コラム Vol.19『Nice Feelin'』で、加藤真氏が Rita Coolidge の 『Nice Feelin'』を語ってくれた記事だ。3Rのうちの一人が、既に別の書き手の言葉で紹介されていたことになる。今回 Vol.14 で Rickie Lee Jones を語ることで、3Rのうち2人がAlbum Sweetの記事の中で顔を合わせることになる。コラム Vol.19『Nice Feelin'』を先に読んでいた方も、まだの方も、ここでもう一度 Rita Coolidge と 『Nice Feelin'』の世界に足を伸ばしてみてほしい。加藤真氏が描いた Rita Coolidge の温かな声と、これから語る Rickie Lee Jones の掠れた声。同じ3Rの中でも、これほど声質が違うという事実が、ナミオさんの耳の幅広さを物語っている。
そして残るひとり、Linda Ronstadt。カリフォルニアのカントリーロックからスタンダードナンバーまで自在に横断した稀代の歌唱者であり、3Rの中でも最も商業的な成功を収めた一人だ。彼女は今回まだ主役ではないが、この探検隊の次なる候補として名前を刻んでおきたい。Vol.14から始まる女性アーティスト探検が、いずれ Linda Ronstadt の扉も開けることになるだろう。3人が3人とも、ジャンルという物差しでは測れない魅力を持っている。Rickie Lee Jones はジャズとビートニクの交差点、Rita Coolidge はソウルとカントリーの間、Linda Ronstadt はロックとカントリーとオペラまで横断する。この3人を同じ「大好き」という箱にしまえるナミオさんの耳こそが、3Rという括り方の本当の面白さだ。
3Rって呼び方、誰かに教わったわけじゃなくて、自分で勝手に名付けてただけなんだよ。頭文字が揃ってるのに気づいた時、なんか嬉しくてね。Rickie、Rita、Linda。それぞれ全然違うタイプの声なのに、俺の中では同じ棚に並んでる。
ジャンルの棚じゃなくて、自分の心の棚に並べる。それがレコード店の棚とは違う、リスナーだけが作れる分類なんだと思います。Rita Coolidgeは既にVol.19のコラムで加藤さんが語ってくれた。今日はRickieの番、そしていつかLindaの番も来る。3枚が揃う日を、俺も楽しみにしています。
3. 1979年 Warner デビュー、ベレー帽の21歳
Rickie Lee Jones は1954年11月8日、イリノイ州シカゴに生まれた。ヴォードヴィル芸人だった祖父母、家族のもとを去った父親、10代でのランナウェイ経験——彼女自身が後にメモワール『Last Chance Texaco: Chronicles of an American Troubadour』(2021年)で振り返る半生は、決して平坦なものではなかった。4歳から14歳までアリゾナ州フェニックスで育ち、その後カリフォルニアへ。21歳の頃には、ベニス(Venice, CA)のバーやコーヒーハウスで、トラディショナル・ジャズや自作曲を弾き語りするようになっていた。Rickie Lee Jones の音楽的な原点は、レコード会社が育てたスターの物語ではなく、ストリートで一曲一曲、自分の言葉を積み上げていったシンガーの物語なのだ。
その Rickie Lee Jones に声をかけたのが Warner Bros. Records の Lenny Waronker だった。Lenny Waronker は当時 Warner Bros. の副社長であり、名うてのプロデューサーとしても知られていた人物。Randy Newman や Little Feat といったアーティストたちのレコードにも深く関わったことで知られる、当時のロサンゼルスの音楽シーンを支えるキーパーソンの一人でもあった。Lenny Waronker はもう一人のプロデューサー Russ Titelman と組んで、1978年9月から12月にかけて Warner Bros. Recording Studios / The Burbank Studios (TBS) でこのデビュー盤 『Rickie Lee Jones』のレコーディングを進めた。エンジニアは Lee Herschberg と Loyd Clifft、追加エンジニアリングに Roger Nichols と Tom Knox の名も刻まれている。Lenny Waronker と Russ Titelman というコンビは、ストリートの弾き語りシンガーだった Rickie Lee Jones の音楽を、そのまま等身大に録音するという難しい仕事をやってのけた。
1979年2月末(Wikipedia表記では2月28日、MusicBrainzのリリースグループ情報では3月23日という表記も残っており、資料によって数日の幅がある)、Warner Bros. からカタログ番号 BSK 3296 でこのアルバムは世に出た。全11曲、総収録時間42分11秒。ジャンルはロック、R&B、ジャズが渾然一体となった、当時のどのカテゴリにも収まらない一枚だった。Billboard 200では最高3位を記録し、RIAAからは100万枚出荷を示すプラチナ認証(認証日1979年8月7日)を受けている。オーストラリアのKent Music Reportでは1位、ニュージーランドで3位、イギリスで18位、カナダRPMで11位、オランダで14位、スウェーデンで42位を記録した。オーストラリアでは2倍プラチナ(14万枚)、イギリスではシルバー(6万枚)。デビュー作としては異例の商業的成功だった。
アルバムはその後も長く聴き継がれ、フォーマットを変えながらリスナーの元に届き続けている。1979年の西ドイツ盤(カタログ番号 WB 56 628 Z)、1983年4月には Mobile Fidelity Sound Lab によるハーフスピードマスター盤(MFSL 1-089)がオーディオファイル向けに発売され、1984年4月には欧州でCD化(カタログ番号 7599-27389-2)された。日本盤も1986年1月と1988年10月の2度にわたり発売されており、2008年と2018年にはそれぞれ再発盤が組まれている。ひとつのアルバムが、レコードからCD、ハーフスピードマスターから再発ジュエルケースへと、40年以上にわたって形を変えながら生き延びてきたこと自体が、この作品の価値を物語っている。
ジャケットの写真は、写真家 Norman Seeff が1978年、マリブで撮影したもの。屋内での撮影を終えたあと、海を見下ろす崖の公園で夕暮れ時に撮られた一枚がジャケットに採用された。ベレー帽をかぶった21歳の Rickie Lee Jones の姿は、それだけで当時のビートニク的な佇まいと新しい時代のシンガー・ソングライター像を同時に体現していた。アートディレクションとデザインは Mike Salisbury が、プロダクション補助は Penny Ringwood が手がけている。惜しいことに、このジャケット写真そのものは Wikimedia Commons に収録されておらず、この記事で直接お見せすることはできない。しかし、その構図と表情が語りかけてくるものは、今も色褪せていない。レコード店の中古棚で、ふとこのジャケットを手に取った経験のあるリスナーは、日本にも決して少なくないはずだ。
4. Chuck E.'s in Love: 実話と創作の間
アルバムの1曲目にして、Rickie Lee Jones というアーティストを一躍世に知らしめた曲、それが「Chuck E.'s in Love」だ。1979年4月28日にシングルとしても発売され(B面は「On Saturday Afternoons in 1963」)、US Billboard Hot 100で最高4位、US Cash Boxでも4位を記録。第22回グラミー賞では Song of the Year と Best Pop Vocal Performance, Female の両部門にノミネートされている。デビュー・シングルにしてグラミーの主要2部門にノミネートされるというのは、当時としても異例の出発だった。
この曲の背景には、実際にあった出来事がある。1977年秋、Rickie Lee Jones と Tom Waits の共通の友人だった Chuck E. Weiss(本名 Charles Edward Weiss)が、突然デンバーへ移住してしまう。その理由を電話越しに聞いた Tom Waits が、電話を切ったあと Rickie Lee Jones にこう告げた——「Chuck E.'s in love」。Chuck E. Weiss は恋をしている。その何気ない言い回しの響きを気に入った Rickie Lee Jones が、そのまま曲のタイトルにしてしまったのが始まりだった。日常会話の何気ない一言が、そのままヒット曲のタイトルになる——ソングライターとしての Rickie Lee Jones の反射神経の良さがよく分かるエピソードだ。
ただし、ここは誠実に書いておきたい。曲の中では、語り手である「私」自身が Chuck E. Weiss の恋の相手であるかのように歌われる、洒落た落ちがついている。しかしこれはあくまで創作上の脚色であって、Rickie Lee Jones と Chuck E. Weiss が実際に恋人同士だったという事実はない。実話をベースにしながら、歌としての「落ち」を作るために巧みに脚色を加える——これは Rickie Lee Jones というソングライターの手腕そのものだ。冒頭の歌詞に登場する「P.L.P.」は "public leaning post"(誰かにもたれかかる親しい間柄を指す古いアメリカのスラング)の略とされており、この曲全体が軽やかな会話体の物語詩として組み立てられている。
1979年4月、Rickie Lee Jones は Saturday Night Live に出演し、「Chuck E.'s in Love」と「Coolsville」の2曲を披露した。Chuck E. Weiss 本人は、両親がデンバーでレコード店 "The Record Center" を経営していたという音楽一家の出で、地元のライブハウス Ebbetts Field でブルースの巨匠 Lightnin' Hopkins に見出され、ドラマーとしてツアーに同行した経験を持つ人物だった。Muddy Waters や Howlin' Wolf といった大物ブルースマンとの共演経験もあるという。Rickie Lee Jones は自身のメモワールの中で、Chuck E. Weiss が自分にR&B(リズム・アンド・ブルース)を教えてくれたと振り返っている。2021年7月20日、Chuck E. Weiss は癌のため76歳でこの世を去った。今この記事を読んでいる私たちにとって、彼は「今は亡き」人物として語られる存在だが、「Chuck E.'s in Love」の中では、彼はいつまでも1977年のあの電話の向こうで、恋をしたばかりの青年のままだ。
5. アルバム全11曲ガイド
Side One、1曲目「Chuck E.'s in Love」(3:28)は前章で語った通り。2曲目「On Saturday Afternoons in 1963」(2:31)は1978年12月22日にTBSでライブ収録された曲で、Nick DeCaro のオーケストラアレンジを伴い、シングルB面としても使われた。3曲目「Night Train」(3:14)もまた Nick DeCaro のアレンジによるナンバー。4曲目「Young Blood」(4:04、後にシングルとしても発売されBillboard Hot 100で40位を記録)、5曲目「Easy Money」(3:16)、6曲目「The Last Chance Texaco」(4:05、後年 Rickie Lee Jones のメモワールのタイトルにも使われた曲名、第22回グラミー賞 Best Rock Vocal Performance, Female にノミネート)と続く。
「Easy Money」は、Little Feat の Lowell George が同年1979年、自身のソロアルバム『Thanks, I'll Eat It Here』でカバーしたことでも知られる曲だ。ロサンゼルスのルーツ・ロック・シーンの中心にいた Little Feat のフロントマン Lowell George が、この曲に惹かれてカバーを選んだという事実そのものが、Rickie Lee Jones の曲がすでにミュージシャン仲間の間でも一目置かれていたことを物語っている。Little Feat と Rickie Lee Jones は同じロサンゼルスのシーンで呼吸を共にしていたバンドとソロシンガーであり、Lowell George がこの曲を選んだことは決して偶然ではない。
Side Twoは7曲目「Danny's All-Star Joint」(4:01)から始まる。8曲目「Coolsville」(3:49)はSNL出演時にも披露された曲で、オーケストラアレンジは映画音楽の巨匠 Johnny Mandel が担当している。9曲目「Weasel and the White Boys Cool」(6:00)と10曲目「Company」(4:40)は、ピアニストの Alfred Johnson との共作曲。Rickie Lee Jones がベニスのバーで演奏していた頃からの共演者であり、この2曲だけがアルバムの中で唯一の共作クレジットを持つ。「Company」も Johnny Mandel のアレンジによるものだ。そして11曲目「After Hours (Twelve Bars Past Goodnight)」(2:13)は、2曲目と同じく1978年12月22日のライブ収録で、Nick DeCaro のオーケストラアレンジによる。タイトルの通り12小節のブルース形式(トゥエルヴ・バー・ブルース)で締めくくられる、アルバム全体の余韻を残す短いエピローグだ。
全曲の作詞作曲はすべて Rickie Lee Jones(9・10曲目のみ Alfred Johnson との共作)。ジャズのタイム感、ビートニク的な言葉選び、そしてシンガー・ソングライターとしての率直さ。11曲を通して聴くと、『Rickie Lee Jones』というアルバムが単なるヒット曲1曲の器ではなく、ひとつの完結した物語であることがよくわかる。ナミオさんが日曜日の朝にこのアルバムをかけるとき、おそらく1曲目だけで止まっているわけではないのだろう。ライブ収録の2曲(「On Saturday Afternoons in 1963」と「After Hours」)がアルバムの中に自然に溶け込んでいる構成も、このアルバムがスタジオの作り込みと、ステージの生々しさの両方を併せ持つ証拠だ。
6. LAサウンドの重鎮たち
このアルバムを支えたミュージシャンの層の厚さは、当時のロサンゼルスのスタジオシーンそのものだ。アレンジャーとして最も重要な役割を果たしたのが Nick DeCaro。「On Saturday Afternoons in 1963」「Night Train」「After Hours」の3曲でオーケストラアレンジを手がけた。AORやフリーソウルの文脈でも語られる名アレンジャーで、彼のストリングスとホーンの配置が、この曲たちに単なるフォーク・ロックとは違う奥行きを与えている。もう一人のアレンジャー、映画音楽でも知られる Johnny Mandel は「Coolsville」と「Company」を担当した。この2人のアレンジャーが交互に配置されることで、アルバム全体が単調にならず、曲ごとに違う色彩を纏うことに成功している。
リズム隊には、後にセッションドラマーとして殿堂入りするほどの名手たちが名を連ねる。Steve Gadd、そして Andy Newmark、Jeff Porcaro(Toto)、Mark Stevens。ギターには Buzzy Feiten(DB上の正式表記は Buzz Feiten)と、後に Little Feat に加入する Fred Tackett。ダブルベースには著名ジャズベーシストの Red Callender、フェンダーベースには Willie Weeks。キーボード陣には Neil Larsen、Dr. John、Ralph Grierson、Randy Kerber、Victor Feldman といった名前が並び、シンセサイザーには Randy Newman の名前も見える。Steve Gadd のドラミングは繊細でありながら決してビートを見失わない安定感を持ち、Buzzy Feiten のギターはジャズとロックの中間にある独特のタッチで曲を彩る。
そして、バックボーカルには Michael McDonald が参加している。当時 Doobie Brothers のボーカリストとして知られていた彼が、Rickie Lee Jones のデビュー作にコーラスで加わっていたという事実は、彼女がすでにロサンゼルスの音楽人脈の中心近くにいたことを示している。Buzzy Feiten ひとりを取っても、Boz Scaggs、Rickie Lee Jones、Aretha Franklin と、ジャンルを超えて引っ張りだこだったセッションギタリストであり、このアルバムがいかに「LAスタジオの結束」の産物だったかがわかる。ひとつのアルバムのクレジット欄を丁寧に辿るだけで、これほど豊かな人脈の地図が広がる——これこそAlbum Sweetが大切にしたい聴き方だ。
プロデューサーの Lenny Waronker は、同じ時期に Randy Newman や Warren Zevon、Little Feat といったアーティストたちのレコードにも深く関わっていた、Warner Bros. の看板プロデューサーだった。Warren Zevon のシニカルな筆致、Little Feat のファンクとルーツロックの融合、そして Rickie Lee Jones のジャズとビートニクの交差点——一見バラバラに見えるこれらのアーティストたちが、実は同じプロデューサーの手を通して1970年代後半のWarner Bros.というひとつのレーベルカラーを形作っていたことがわかる。Boz Scaggs もまた同時代のロサンゼルスAORシーンを代表する一人であり、こうしたミュージシャンたちの人脈がゆるやかに重なり合いながら、当時のLAサウンドという大きな地図を描いていた。
7. Grammy Best New Artist 1980
1980年2月27日、ロサンゼルスの Shrine Auditorium で開催された第22回グラミー賞。Rickie Lee Jones は Best New Artist を受賞した。「Chuck E.'s in Love」は Song of the Year と Best Pop Vocal Performance, Female にノミネート、「The Last Chance Texaco」は Best Rock Vocal Performance, Female にノミネート、エンジニアの Tom Knox は Best Engineered Recording, Non-Classical にノミネートされている。デビュー作1枚でこれだけの評価を集めたアーティストは、当時としても稀だった。
興味深いのは、本人がこの受賞に対して抱いていた温度だ。Billboardの「My Grammy Moment」インタビューで、Rickie Lee Jones はこう振り返っている。「I'd arrived late—well—I wasn't going to go. Then I called my dear friend Bob Regehr and he scrammed over and picked me up.」——当初は式典に行くつもりすらなく、Warner Bros. の広報担当だった友人 Bob Regehr に電話をかけて迎えに来てもらい、会場に着いたのは受賞発表の1つか2つ前だったという。さらに彼女はこう続けている。「In those days, I didn't care about awards. I scorned them, and I do not regret that.」——当時は賞に関心がなく、むしろ軽蔑さえしていた、と。
しかし後年、彼女はこう振り返ってもいる。「if I look at it from today—and I'd not won—I think my career would be harder. There is a gentle acknowledgement that helps when times get hard.」——もし受賞していなかったら、キャリアはもっと厳しいものになっていただろう、時に静かな承認があるからこそ、厳しい時期を乗り越えられることがある、と。21歳の Rickie Lee Jones が抱いていた斜に構えた距離感と、40年以上経った今の穏やかな受け止め方。ふたつの言葉の間に流れた時間の長さが、そのまま Rickie Lee Jones というアーティストの成熟を物語っている。
チャート成績を数字で振り返ると、Billboard 200で最高3位、「Chuck E.'s in Love」はUS Billboard Hot 100で4位・年間63位、US Cash Boxで4位・年間24位、カナダRPMで5位・年間64位、ニュージーランドで5位、イギリスで18位、オーストラリアで15位・年間132位、アイルランドで19位。アルバム自体もオーストラリアKent Music Reportで1位、ニュージーランドで3位、イギリスで18位、カナダRPMで11位、オランダで14位、スウェーデンで42位。国境を越えて多くの国のチャートを賑わせたこのアルバムとシングルが、Rickie Lee Jones という名前を世界中のリスナーに刻みつけた。
グラミーに行く気がなかったって話、俺は好きだなあ。21歳で世界がどう自分を評価するかなんて、正直どうでもよかったんだろうね。でも後になって「あの承認があったから乗り越えられた」って振り返れるのも、すごく人間らしい。俺も日曜日の朝、アルバムをかける習慣は最初から「特別なこと」として始めたわけじゃないんだよ。気づいたら習慣になってて、気づいたらそれが人生の支えになってた。
「その時はどうでもよかったものが、後で振り返ると支えだったと気づく」というのは、音楽そのものの効き方にも似ていますね。日曜日の朝の習慣も、最初の一回はただの気まぐれだったはずです。それが積み重なって、いつのまにか人生のリズムそのものになる。Rickieのグラミーの話と、ナミオさんの日曜日の朝が、同じ形をしているように聴こえました。
8. Tropicana Motel の共同生活: Tom Waits と Chuck E. Weiss
1977年、ロサンゼルスの伝説的なライブハウス Troubadour で、Rickie Lee Jones と Tom Waits は出会った。当時 Troubadour の厨房でコックとして働いていた Chuck E. Weiss が、ステージで歌う Rickie Lee Jones の声を聴かせようと Tom Waits を呼んできたのがきっかけだったと、Rickie Lee Jones は後にメモワールで振り返っている。この時点で既に、Rickie Lee Jones、Tom Waits、Chuck E. Weiss という3人の関係の輪郭ができあがっていた。
その後、3人はロサンゼルス・ハリウッドの Tropicana Motel で同時期に暮らしていた。Tom Waits にとっての定宿であり、Rickie Lee Jones はその恋人として同居し、Chuck E. Weiss は2人にとって最も近しい友人としてそこに加わる。安モーテルの一室に、後に伝説となる3人のアーティストが同時に集っていた——それ自体が創作的に豊かな、ある時代の記録だ。2人の交際期間はおよそ2年に及び、その痕跡は音楽の外にも残されている。Tom Waits の1978年作 『Blue Valentine』のバックカバーには、Rickie Lee Jones 本人の姿が写り込んでいる。ひとつのモーテルの一室から、『Rickie Lee Jones』と 『Blue Valentine』という2枚の名盤が、それぞれ違う形で生まれ落ちていたことになる。
この交際は1979年後半に終わりを迎える。Rickie Lee Jones 自身のメモワールによれば、ヘロイン依存症を Tom Waits に隠していたことが破局の決め手になったという。破局直後の1980年、映画監督フランシス・フォード・コッポラから映画『One from the Heart』でのデュエット出演を依頼されるが、Rickie Lee Jones は一度は辞退している。コッポラはこの物語にこそふさわしいと説得したと伝えられているが、いずれにせよ、破局から間もない時期にその相手との音楽的な仕事を求められるというのは、あまりに近すぎる依頼だっただろう。Tom Waits はその後1980年に 『Heartattack and Vine』を発表し、自身のキャリアを次の段階へと進めていく。この 『Heartattack and Vine』と 『Blue Valentine』を続けて聴くと、破局の前後で Tom Waits の作風がどう変化していったかも見えてくる。
Tropicana Motel の一室で交わされていたであろう会話、共有されていた煙草の煙、深夜のピアノの音——そういうものの断片が、『Rickie Lee Jones』という1枚のアルバムのそこかしこに滲んでいる。恋愛関係にあった Tom Waits と、実話をもとにした曲の主人公である Chuck E. Weiss。この2人の男性が、それぞれ違う形でこのアルバムの周辺に息づいている。
9. 評論の枠に収まらなかった Rickie
1979年、Rolling Stone誌8月9日号(Issue 297)は、写真家 Annie Leibovitz が撮影した写真とともに、Timothy White による記事(5ページにわたる)を掲載した。これは1979年時点で Rickie Lee Jones がすでに主要音楽メディアの寵児だったことを示す一次資料だ。しかし、批評家全員が絶賛一色だったわけではない。
Village Voiceの著名批評家 Robert Christgau は、このアルバムに B− という評価を与えている。「聴き返したい曲は3〜4曲程度」としつつ、「Coolsville」などは評価するという、部分的な留保をつけた評価だった。一方でAllMusicは、このアルバムを「the love child of Laura Nyro and Tom Waits」(2人の音楽性の申し子)と総括し、ジャズ・R&B・シンガー・ソングライターの伝統が融合しながら、それでいて既存のどのスタイルとも異なる独自性を高く評価している。この評価のコントラストこそが、Rickie Lee Jones というアーティストの本質を示しているのかもしれない。この探検隊で以前語った Dr. Feelgood(探検隊 Vol.13『Down by the Jetty』)も、The J. Geils Band(探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』)も、それぞれの時代の批評家の物差しでは測りきれない部分を持っていた。評論の枠に収まらないアーティストこそ、長く聴き継がれる——それはこの探検隊が繰り返し確かめてきたことでもある。
彼女の音楽は、ジャズのタイム感、ビートニク的な言葉の選び方、シンガー・ソングライターとしての率直な告白性が渾然一体となっている。ここで正直に書いておきたいことがある。よく「ビート詩の影響」「ケルアック的な感性」と語られがちなこのアルバムだが、Rickie Lee Jones 自身が Jack Kerouac から直接的な影響を受けたと明言した一次資料には、今回たどり着けなかった。だから断定はしない。ただ、Rickie Lee Jones の詞に漂うロサンゼルスの夜の匂い、口語的でスキャットのように転がる言葉のリズムには、確かに Jack Kerouac たちビート・ジェネレーションの文体と響き合うものがある——そのくらいの慎重な言い方が、今の私たちには誠実だろう。Jack Kerouac の文章が持つ、句読点を無視して転がり続ける疾走感と、Rickie Lee Jones の歌詞が持つ会話体のリズムは、確かに近い場所で呼吸している。
批評家たちが彼女を「ジャズの人」「フォークの人」「ロックの人」のどのカテゴリに入れるべきか迷ったこと自体が、このアルバムの価値を証明している。ラベルを貼ろうとした瞬間にはみ出してしまう音楽——それこそが1979年の Rickie Lee Jones だった。
10. 声と楽曲への恋
この記事の冒頭で紹介したナミオさんの言葉を、もう一度思い出したい。「ニールヤングとか恋の話も多い女性だけど、私はとにかくその声と楽曲に恋してた」。Rickie Lee Jones の人生には確かに Tom Waits、Chuck E. Weiss、そして本文中には登場しなかったが Neil Young との交際も含め、恋愛が繰り返し語られる場面が多い。しかしナミオさんが惹かれ続けているのは、そうした人物相関図ではなく、Rickie Lee Jones 自身の「声」と「楽曲」そのものだ。
AllMusicの評は Rickie Lee Jones の声を「expressive soprano voice employing sudden alterations of volume and force」——突然の音量や強さの変化を伴う、表現力豊かなソプラノ、と評している。囁くように歌ったかと思えば、次の瞬間には突き放すように声を張る。フレージングは常に一定のリズムに収まらず、ジャズのボーカリストのように前後に揺れる。この揺らぎこそが、Rickie Lee Jones の歌が持つ独特の生々しさの正体だ。
楽曲そのものも同じことが言える。「Chuck E.'s in Love」の軽やかな跳躍、「Coolsville」の気だるいムード、「The Last Chance Texaco」の物語性、「After Hours」の余韻。どの曲も、当時のヒットチャートを支配していたディスコやロックの定型とは違う、独自の呼吸を持っている。恋愛の物語をなぞるのではなく、その声と旋律そのものに恋をする——それは音楽の聴き方として、実はとても純粋な形なのかもしれない。ナミオさんが40年以上経った今もこのアルバムを日曜日の朝にかけ続けているのは、まさにこの「声と楽曲」そのものへの愛着が、色褪せることなく続いているからだろう。Rickie Lee Jones という声、『Rickie Lee Jones』という楽曲群——ナミオさんが恋をしているのは、結局のところこの2つだけなのだ。
11. 演る音楽と聴く音楽
ナミオさんはこうも語っていた。「自分で演ってるバンドの曲とはまったく違うんだけど、浸って心揺さぶられる毎日だったよ」。この一言には、聴き手としてのナミオさんのもうひとつの顔——自身もバンドで演奏する側の人間である、という事実が隠れている。少し前にこの探検隊で取り上げた探検隊 Vol.13『Down by the Jetty』で語られた Dr. Feelgood の武骨なパブロックの世界。荒々しいギターリフ、ストレートなロックンロール。ナミオさんが「演ってる」音楽は、おそらくそちら側に近い。探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』で紹介した The J. Geils Band のブルース・ロックも、同じ系譜に連なる音楽だ。
一方の 『Rickie Lee Jones』は、ロサンゼルスのジャズとシンガー・ソングライターの交差点にある音楽だ。Dr. Feelgood の直線的なビートと、Rickie Lee Jones の揺らぐタイム感は、音楽的にはほとんど対極にある。同じ人間の中に、この2つの全く違う音楽への愛情が同居している——それこそが、ひとりのリスナーの豊かさというものだろう。演奏する側に立つと、どうしても自分が慣れ親しんだ語法に耳が寄っていきがちになる。しかし、聴くことに徹する時、人は自分が演奏しない音楽にこそ、より深く「浸る」ことができる。
これは決して珍しいことではない。ロックバンドで汗をかいて演奏する人間が、静かなジャズやシンガー・ソングライターの繊細さに惹かれる。むしろ、自分が持っていない語法だからこそ、心が丸ごと持っていかれる瞬間があるのかもしれない。「演る音楽」と「聴く音楽」が別の世界にあってもいい。両方が同じ体の中で共存し、それぞれ違う筋肉を刺激しながら、ナミオさんの音楽人生というひとつの豊かな地図を作り上げている。Rickie Lee Jones はその地図の中で、Dr. Feelgood や The J. Geils Band とは正反対の場所にありながら、同じくらい深く刻まれている。
12. 女性シンガー・ソングライターの系譜
Rickie Lee Jones という一枚の扉を開くと、その向こうには1970年代を彩った女性アーティストたちの豊かな系譜が広がっている。この探検隊がすでに訪れた場所を振り返れば、Joni Mitchell の 『Blue』があり、Aretha Franklin の 『Lady Soul』がある。カナダのフォーク詩人としての Joni Mitchell の内省と、デトロイトのゴスペルルーツから生まれた Aretha Franklin の圧倒的な歌唱力。その中間、ロサンゼルスのジャズとビートニクの交差点に立っているのが Rickie Lee Jones だ。『Blue』の静けさと 『Lady Soul』の熱量、その両方を知っているリスナーほど、『Rickie Lee Jones』の位置取りの絶妙さに気づくはずだ。
同時代には他にも忘れがたい女性アーティストたちがいる。ヒット曲の職人であり自身も名歌手だった Carole King。透明な歌声でカーペンターズを牽引した Karen Carpenter。カントリーロックの女王として、そして3Rのもう一人 Linda Ronstadt とも度々共演した Emmylou Harris。ブルースとロックの両方に精通したスライドギターの名手 Bonnie Raitt。彼女たちは皆、それぞれ全く違う音楽的出自を持ちながら、1970年代というひとつの時代の中で並走していた。Carole King の職人性、Karen Carpenter の清澄さ、Emmylou Harris のカントリーの風合い、Bonnie Raitt のブルースのグリット。この4人の隣に Rickie Lee Jones を並べてみると、彼女がいかにこれらのどの型にも収まらない存在だったかがよく見えてくる。
この系譜の中で、Rickie Lee Jones の立ち位置は独特だ。Joni Mitchell ほど内省的でもなく、Aretha Franklin ほどゴスペルの重みを背負ってもいない。Carole King ほど職人的でもなく、Karen Carpenter ほど清澄でもない。ジャズのタイム感と、ストリートの物語詩と、シンガー・ソングライターとしての率直さ。この3つが同時に彼女の中に同居している——それが、なぜ批評家たちが彼女をどのカテゴリにも収めきれなかったかの答えでもある。そして、ナミオさんの3Rという括り方は、こうしたジャンルの系譜図とはまた別の、聴き手個人の心が作った独自の地図なのだ。Rickie Lee Jones、Rita Coolidge、Linda Ronstadtという3Rの並びも、Joni Mitchell や Aretha Franklin という音楽史の系譜図も、どちらも同じくらい正しい。ふたつの地図が重なり合う場所に、Rickie Lee Jones というアーティストが立っている。
13. 連続現在形の温度
この記事の冒頭に置いたナミオさんの言葉には、括弧に入れられた一行がある。「(いや、過去形じゃないな、今もよく聴くから)」。この一言こそが、Vol.14という記事全体の核だと言っていい。20代の頃に出会ったアルバムを、今もなお、2026年の日曜日の朝にかけ続けている。それは懐かしさで語られる過去の記憶ではなく、今この瞬間も鳴り続けている現在進行形の音楽だ。
この探検隊で前回取り上げた 探検隊 Vol.13『All Through the City』でも、ナミオさんは20代から40年にわたって Dr. Feelgood を愛聴し続けていることを語ってくれた。今回の Rickie Lee Jones も、その温度は全く同じだ。パブロックの荒々しさと、LAジャズの優雅さ。ジャンルはまるで違うが、どちらも「今も鳴っている」という一点において、寸分違わず同じ強度を保っている。これはナミオさんの音楽人生に流れる、変わらない連続性そのものだ。探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』の熱狂も、この探検隊がこれまでに紹介してきた Solange のような、ジャンルもまるで違う1枚への愛着も、根っこにあるのは同じ「今も鳴っている」という実感だ。
1979年、Billboard 200で3位、全世界で少なくとも100万枚を売り上げ、豪州で14万枚、英国で6万枚。数字で見ればそれは40年以上前のヒット作の記録に過ぎない。しかし、この記事を読んでいるまさに今日この瞬間、地球上のどこかで 『Rickie Lee Jones』の針が落とされ、あるいは再生ボタンが押されているとしたら——それはもう、統計や記録の話ではない。音楽が時代を超えて、誰かの生活のリズムとして生き続けているという、もっと個人的で、もっと大きな話になる。Rickie Lee Jones は今も現役で活動を続けている。1979年の「Chuck E.'s in Love」を歌った21歳と、2026年の日曜日の朝にそれを聴いているナミオさんの60代。時間の隔たりを、音楽だけがまっすぐに繋いでいる。
過去形じゃないんだよなあ、って自分で書いてて気づいたんだよ。何十年も前のアルバムの話をしてるはずなのに、俺の頭の中では「今もかけてる」って現在形で語ってる。それってつまり、俺にとってこのアルバムはまだ「終わってない」ってことなんだろうね。
「終わってない」というのは、いい言葉ですね。俺たちAlbum Sweetがアルバムを「探検」と呼ぶのも、それが完結した過去の遺物ではなく、今もリスナーの中で動き続けているものだと思っているからです。Rickieのこのアルバムが、ナミオさんの日曜日の朝という現在形の中で、今日もまた鳴っている。それを言葉にできて、俺は嬉しいです。
14. その後: 3R探検の始まり
Chuck E. Weiss のその後についても触れておきたい。「Chuck E.'s in Love」で世に知られることになったChuck E. Weiss自身も、1981年に自身のデビュー盤『The Other Side of Town』を発表し、以降ミュージシャンとしてのキャリアを歩み続けた。中でも1999年発表の 『Extremely Cool』は、かつての親友 Tom Waits がプロデュースを手がけた一枚だ。1970年代のTropicana Motelでの共同生活から20年、今度は Tom Waits が制作者として Chuck E. Weiss を支える側に回る——この後日譚は、あの安モーテルの一室で育まれた友情がいかに本物だったかを物語っている。『Extremely Cool』という1枚のタイトルそのものが、20年越しの友情への何よりの返礼のように響く。
Chuck E. Weiss はその後も『Old Souls & Wolf Tickets』(2001年)、『23rd & Stout』(2006年)、『Red Beans and Weiss』(2014年)と作品を重ね、ブルースの巨人 Willie Dixon から「この街で最高のミュージシャンの一人」と評された。俳優 Johnny Depp がクラブ The Central を「Viper Room」に改装する際に協力したことでも知られている。2021年に彼が世を去った時、その音楽的な足跡は「Chuck E.'s in Love」の主人公という枠を、はるかに超えたものになっていた。Rickie Lee Jones が1977年の電話越しの一言から曲を書き、Tom Waits が1999年に 『Extremely Cool』をプロデュースするまで、Chuck E. Weiss を取り巻く物語は20年以上続いた。友情もまた、アルバムと同じように「過去形」では語れないものなのだろう。
Rickie Lee Jones 本人も、このデビュー盤の勢いを止めることなく歩みを続けた。1981年発表の2作目 『Pirates』は、多くのファンや批評家から彼女のキャリアを代表する名盤として今も語り継がれている。デビュー盤で見せたLAジャズの香りをさらに深化させ、より大胆で複雑な音楽性へと踏み出した一枚だ。『Rickie Lee Jones』という入り口を気に入った読者には、ぜひこの 『Pirates』にも足を伸ばしてみてほしい。デビュー盤 『Rickie Lee Jones』から 『Pirates』への軌跡を辿ることは、21歳の Rickie Lee Jones が、どのようにひとりのアーティストとして成熟していったかを追体験することでもある。
そして最後に、もう一度、ナミオさんの言葉に戻りたい。
これから、多くのこれら女性アーティストのアルバムを紹介・探検したいけど、最初にこのアルバムなんだ。
Vol.14は、ひとつのアルバムの物語であると同時に、これから始まる長い旅の最初の一歩でもある。3Rのうち、Rita Coolidge は既に コラム Vol.19『Nice Feelin'』で語られていた。そして今日、Rickie Lee Jones の扉が開かれた。残るは Linda Ronstadt。3Rが揃うその日まで、この探検隊は歩みを止めない。そしてそこから先も、Joni Mitchell や Aretha Franklin、Carole King、Karen Carpenter、Emmylou Harris、Bonnie Raitt の隣に、まだ見ぬ女性アーティストたちの名前が次々と加わっていくはずだ。日曜日の朝に、誰かがまた新しいアルバムをかける。その最初の1枚が、今日紹介した Rickie Lee Jones の 『Rickie Lee Jones』だった。
15. 主要参加ミュージシャン名鑑 — もうひとつのライナーノーツ
最後に、ジャケットの裏側に刷り込まれたクレジット欄を、もう一度じっくり読むように振り返っておきたい。ライナーノーツを指でなぞりながら、知らない名前をひとつずつ辿っていく——そういう聴き方こそ、この探検隊が一番大切にしたいものだ。『Rickie Lee Jones』というアルバムに関わった人々の名前を、あらためて名鑑としてまとめておく。
まず制作の核となった2人のプロデューサー。Lenny Waronker は Warner Bros. の副社長を務めながら数々の名盤を手がけた名プロデューサーであり、Russ Titelman はその右腕として Rickie Lee Jones のデビュー作を丁寧に形にした。Lenny Waronker と Russ Titelman、この2人がいなければ、ストリートの弾き語りシンガーだった Rickie Lee Jones の声は、これほど豊かなオーケストレーションをまとうことはなかっただろう。
アレンジャーの Nick DeCaro は、AORやフリーソウルの文脈でも語られる名アレンジャーであり、「On Saturday Afternoons in 1963」「Night Train」「After Hours」の3曲を優雅なストリングスで彩った。Nick DeCaro のアレンジがなければ、このアルバムのライブ収録2曲はもっと素朴な響きにとどまっていたはずだ。
リズム隊の中心にいた Steve Gadd は、繊細さと安定感を両立させる稀代のドラマーとして知られる。ギターの Buzzy Feiten は Boz Scaggs や Aretha Franklin の作品にも参加した引っ張りだこのセッションマンで、Rickie Lee Jones のデビュー作でもジャズとロックの中間を漂うタッチを聴かせている。Steve Gadd と Buzzy Feiten、この2人だけでも、当時のロサンゼルスのスタジオワークがどれほど高い水準にあったかが伝わってくる。
キーボード陣に名を連ねた Neil Larsen と Dr. John は、それぞれ全く違う音楽的背景を持つ鍵盤奏者だ。Neil Larsen はフュージョン/AOR系のセッションキーボーディストとして名高く、Dr. John はニューオーリンズのファンクとブードゥーの香りを持ち込む個性派ミュージシャンとして知られている。Neil Larsen の端正なタッチと Dr. John の泥臭さが同じアルバムの中で共存していること自体が、『Rickie Lee Jones』という作品の懐の深さを物語っている。シンセサイザーで参加した Randy Newman もまた、当時のロサンゼルスを代表するシンガー・ソングライターであり映画音楽家であり、彼の名前がクレジットの片隅に刻まれていること自体が、このアルバムの豪華さを物語る証拠のひとつだ。
バックボーカルに名を連ねた Michael McDonald は、当時 Doobie Brothers のボーカリストとして絶大な人気を誇っていた歌い手だ。Michael McDonald のようなビッグネームがコーラスの一員として参加していたという事実は、Rickie Lee Jones というデビューしたばかりのシンガーが、いかにロサンゼルスの音楽人脈の中心に迎え入れられていたかを物語っている。
「Easy Money」をカバーした Little Feat の Lowell George も、この名鑑には欠かせない一人だ。Little Feat はファンクとルーツロックを融合させた稀有なバンドであり、Lowell George はそのフロントマンとして知られる。同じ Warner Bros. の看板プロデューサー Lenny Waronker のもとには、Little Feat のほかにも Warren Zevon や Randy Newman といったアーティストたちが集っており、Rickie Lee Jones はまさにこの豪華な人脈の中心に飛び込む形でデビューを果たしたことになる。
そして忘れてはならないのが、この物語の中核にいる2人の男性、Tom Waits と Chuck E. Weiss だ。Tom Waits は当時の恋人として、Chuck E. Weiss はヒット曲の主人公として、Rickie Lee Jones の1979年を語る上で欠かすことのできない2人である。Tom Waits の作品を辿るなら 『Blue Valentine』や 『Heartattack and Vine』、Chuck E. Weiss の作品を辿るなら 『Extremely Cool』が、それぞれの入り口になるはずだ。
ナミオさんの3Rのもう2人、Rita Coolidge と Linda Ronstadt。この探検隊の系譜としてすでに紹介した Joni Mitchell、Aretha Franklin、Carole King、Karen Carpenter、Emmylou Harris、Bonnie Raitt。文学からは Jack Kerouac。この探検隊がこれまで訪れた場所からは、荒々しいブルース・ロックの The J. Geils Band(Vol.11)、武骨なパブロックの Dr. Feelgood(Vol.13)、そしてジャンルの異なる Solange。それぞれ全く違う場所からやってきた名前たちが、『Rickie Lee Jones』という1枚のアルバムを軸に、この記事の中で一堂に会している。
ひとつのアルバムのクレジット欄には、これほど多くの人生が刻まれている。Rickie Lee Jones という21歳の声を中心に、Lenny Waronker、Russ Titelman、Nick DeCaro、Steve Gadd、Buzzy Feiten、Neil Larsen、Dr. John、Randy Newman、Michael McDonald という才能が集まり、Tom Waits と Chuck E. Weiss という2人の男が物語を添え、Little Feat の Lowell George がその魅力を後追いで証明した。ライナーノーツを読むという行為は、こうして固有名詞をひとつずつ辿り、知らない名前に出会い、また新しい音楽への扉を開くことだ。Album Sweetのこの探検隊が、いつまでもその体験を届けられる場所でありたい。
16. この探検隊がこれまで辿ってきた道
Vol.14を書き終えるにあたって、この探検隊がこれまでどんな道を歩いてきたかを、少しだけ振り返っておきたい。荒々しいブルース・ロックを鳴らした The J. Geils Band の 探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』。武骨なパブロックを貫いた Dr. Feelgood の 探検隊 Vol.13『Down by the Jetty』。そしてジャンルもまるで違う場所からやってきた Solange。これらの記事に共通していたのは、ナミオさんの実体験と、アルバムに関わった無数の固有名詞への敬意だった。
そして今回、女性アーティスト探検の第一号として Rickie Lee Jones の 『Rickie Lee Jones』を取り上げた。この探検隊が過去に紹介した女性アーティストの系譜、Joni Mitchell の 『Blue』、Aretha Franklin の 『Lady Soul』にもまた、それぞれのアルバムに刻まれた固有名詞の地図がある。『Blue』の静謐さ、『Lady Soul』の熱量、そして 『Rickie Lee Jones』の揺らぎ。3枚を並べて聴くだけで、1970年代という時代の女性アーティストたちがどれほど多様な声を持っていたかが分かる。
3Rのもう一人、Rita Coolidge の 『Nice Feelin'』は コラム Vol.19で加藤真氏が既に語ってくれている。『Nice Feelin'』と 『Rickie Lee Jones』、この2枚を続けて聴くことで、ナミオさんが自分の中で育ててきた3Rという枠組みの手触りが、より具体的に伝わるはずだ。残る Linda Ronstadt の1枚が加わったとき、3Rはようやくこの探検隊の中で完成する。それがいつになるかは、まだ分からない。しかし Rickie Lee Jones の扉を開いた今日という日は、確実にその日への一歩だ。
この探検隊はこれからも、The J. Geils Band のようなブルース・ロックも、Dr. Feelgood のようなパブロックも、Rickie Lee Jones のようなLAジャズも、Solange のような現代のソウルも、ジャンルの境界を気にせず並べていくつもりだ。ナミオさんが日曜日の朝にかける1枚、演奏する側として汗をかく1枚、20代から40年以上愛し続けている1枚——そのどれもが、この探検隊にとって等しく大切な物語なのだから。
17. リスナーへ: 次にかける1枚のために
ここまで読んでくれた読者に、いくつかの「次の1枚」を提案して締めくくりたい。まず何より、Rickie Lee Jones をまだ聴いたことがない人は、ぜひ 『Rickie Lee Jones』を頭から通して聴いてみてほしい。「Chuck E.'s in Love」の跳ねるリズムから、「After Hours」の余韻まで、42分11秒の物語をそのまま体験できる。気に入ったなら、次は2作目の 『Pirates』へ進むのがいい。デビュー盤の延長線上にありながら、より大胆な音楽性に踏み出した作品だ。
Rickie Lee Jones を取り巻く人間関係に興味を持った人には、Tom Waits の 『Blue Valentine』と 『Heartattack and Vine』、そして Chuck E. Weiss の 『Extremely Cool』を薦めたい。Tropicana Motelの一室にいた3人、Rickie Lee Jones、Tom Waits、Chuck E. Weiss の音楽を続けて聴くと、あの部屋の空気がより立体的に見えてくるはずだ。
ナミオさんの3Rをきっかけに女性アーティストの系譜を辿りたい人には、Rita Coolidge の 『Nice Feelin'』(コラム Vol.19)、そして Joni Mitchell の 『Blue』、Aretha Franklin の 『Lady Soul』を薦めたい。Carole King、Karen Carpenter、Emmylou Harris、Bonnie Raitt の作品も、この系譜をより豊かに辿るための道しるべになる。まだ見ぬ Linda Ronstadt の1枚は、この探検隊が次に開ける扉として、そのままここに置いておく。
そして、演奏する側の視点から音楽を楽しみたい人には、探検隊 Vol.13『Down by the Jetty』の Dr. Feelgood、探検隊 Vol.11『The J. Geils Band』の The J. Geils Band をぜひ。Rickie Lee Jones の揺らぐジャズと、Dr. Feelgood や The J. Geils Band の直線的なロック。両方の対極にある音楽を交互に聴くことで、ナミオさんが日々味わっている「演る音楽」と「聴く音楽」の振り幅を、読者自身の耳でも体験できるはずだ。次に針を落とす1枚は、もう決まっただろうか。日曜日の朝は、まだ始まったばかりだ。
18. ナミオさんの女性アーティストの棚 — Album Sweet「自分のレコード棚」機能
Album Sweet には、自分だけの「レコード棚」を作れる機能がある。マイページから好きなアルバムを選んで棚に並べ、いくつでも棚を増やしていける——そういう機能だ。ナミオさんはこの機能で3つの棚を作った時のことを、以前「Album Sweet で棚を3つ作ったら、20代の自分が立体で見えた」という記事で書いてくれた。20代のナミオさんが、レコード棚の並びの中に立体で見えた——そういう体験だったという。
その3つの棚の中に、大好きで夢中になった女性アーティストたちを集めた棚がある。そこにはRickie Lee Jonesがいる。Rita Coolidgeがいる。Linda Ronstadtがいる。この記事でずっと語ってきた3Rが、画面の中の棚に、実際に並んで立っている。20代から今日まで連続現在形で愛し続けてきたその実感が、テキストの言葉としてだけでなく、ひとつの棚の風景として見える形になっている。
この Vol.14 を読んでくれたあなたにも、ぜひ Album Sweet で自分の棚を作ってみてほしい。好きなアルバムを並べていくと、ある日ふと、かつての自分が棚の中に立体で見える瞬間がやってくるかもしれない。
19. 結びに: 日曜日の朝はまだ続く
Vol.14を通して辿ってきた道を、最後にもう一度たどり直したい。始まりは Rickie Lee Jones という21歳のシンガーがベニスのバーで弾き語りをしていた日々。そこから Lenny Waronker と Russ Titelman の手を経て、Nick DeCaro のオーケストレーションと Steve Gadd や Buzzy Feiten の演奏をまとって、1979年の 『Rickie Lee Jones』という1枚に結晶した。
そこには Tom Waits との恋があり、Chuck E. Weiss という実在の友人がいた。批評家 Robert Christgau の辛口評価とAllMusicの絶賛の間で、このアルバムはどのラベルにも収まらないまま今日まで生き延びた。Rickie Lee Jones は今も現役であり、『Pirates』という次の名盤へと歩みを進め、Chuck E. Weiss は2021年に世を去るまで音楽を鳴らし続けた。Tom Waits は20年後、『Extremely Cool』で友への恩返しを果たした。
そして何より、ナミオさんの3R——Rickie Lee Jones、Rita Coolidge、Linda Ronstadt——という個人的な地図が、この記事の背骨としてずっと流れていた。Joni Mitchell や Aretha Franklin、Dr. Feelgood や The J. Geils Band、Solange——ジャンルも時代もばらばらなこれらの名前が、ひとりのリスナーの中では矛盾なく共存している。それがナミオさんの音楽人生であり、この探検隊がこれからも大切にしていきたい聴き方だ。
Rickie Lee Jones の 『Rickie Lee Jones』は、今日もどこかの日曜日の朝に鳴っている。ナミオさんの部屋かもしれないし、この記事を読み終えたあなたの部屋かもしれない。Chuck E.'s in Loveのピアノが跳ね始めたら、その日はもう良い日になることが決まっている。Vol.14はここで筆を置くが、女性アーティスト探検の旅はまだ始まったばかりだ。
最後にもう一度だけ、この記事に登場した名前を並べておきたい。Rickie Lee Jones。Tom Waits。Chuck E. Weiss。Rita Coolidge。Linda Ronstadt。Lenny Waronker。Russ Titelman。Nick DeCaro。Steve Gadd。Buzzy Feiten。Neil Larsen。Dr. John。Randy Newman。Michael McDonald。Little Feat の Lowell George。ひとつひとつの名前が、この探検隊の次の扉につながっている。